清水灯子の日記

都市か、あるいは郊外に住んでいる清水ちゃんの日記。

なんで日記

5月19日

 

いつも書こうと思っていて、日記を。ケータイのメモ書きにこんなんあった、こんなんやった、というのを残していくのであるが最近はそれを読み返してみると「スクレッパー×2、ハンマーでお尻を叩けるやつ」とか「ギャレーの床を次回ドックで張替えませう」とか「経費精算、谷四、大阪港」そんなんばっかで、駅前のランチがうまし酒、みたいなことは一個も書いてないしあかんでホンマ、そんなんですぐばあ様になってしまう、その時に孫がいるかも知らんけど。

なんでもかんでも記録してしまうのが好きで、ほんとは、そのくせ大方は死蔵してポカーンと忘れてしまうのだから彼氏からはいつもリス呼ばわりをされるのだけれど、今のおうちに引っ越してくるときに気が付いたのが、私は私が知らないうちに私のモノが消えていってしまうのがものずごく嫌で、ともかく恐ろしい。普段は全く気にも留めないし存在を思い出しもしないのだけれど、本やら写真とか、だから常では忘れていてあってもなくても良さそうなのが、何かの拍子に思い出して、家のどこか、押し入れかベッドの下か、そこに確かにあるはずだということが、わざわざ引っ張り出してはこないのだが安心をもたらす。所有するという行為というか状態に並々ならぬ関心があるのか、小さい頃に何度か転居して、ふと思い出して『まんが・体のふしぎ」とか「なぞなぞ・クイズ」を読みたくなったときにどこからも見つからなくて、まあ親が判断で捨てていたんですわな、喪失感ゆうものなのか、失ったことを確信したそのときにへたり込んで動かれなくなってしまった。

関東から関西に越してくるときに、すべてのモノを段ボール箱に必死こいて詰め込んで、なんとなくその時に、昔から持っていたものとそこで住んでいた時に増えたもの、荷物の総量が合わないというか少ない感じて、でももう私にはそれが何なのかは分からず、思い出すこともできないまま多分そのモノ自体は何らかの理由から本当に失せてしまっていて、何かを失くしたという感覚だけが残って、しかもそのうちの大部分かいくつかは、その感じさえもないのだ多分、記憶からも私の所有からも離れ出て、永久に消え去ってしまった。寂しく思うし、厳密にいえばそのものについて寂しいと思いを馳せることすらほんとはできず、いやもう実に寂しい、私にとり。ひょっとしたらガールの頃の私はものすごくお気に入りのおにんぎょさんがあって、毎日一緒に寝ていたのかもしれず、そうだとしてもその人形は今は勿論のこともう無くて、私もそんなことがあったとは知らないし、カンペキきれいさっぱりという感じでぽっかり穴が、いや穴さえなく、そんなあってもなくてもどうでもいいようなことをいつもクヨクヨと考えてしまう。

言ったことや、感じていたそのときの気持ちというのはもっと簡単で、キッチンからウイスキーを運んできたと思ったらタバコが無くて、お酒飲むときはタバコもくもく吸いたいやん、コンビニに買い出て、まあきれいなお星さまオホホなんつって店の前でタバコ吸って、帰って机に座ったら飲み頃のウイスキーが待っていてうおーラッキーやなーとグビっと含み、そういえばなんでさっき外に出たんやっけと30秒くらいぼーっとしてそうや、タバコやと思い当たって火をつけ、グラスからん、ちびり、すぱーの、あー幸せやと思うような私の脳みそはザルみたいなもんで、だから日記を書いてきちんとそれを残しておきたいゆえに書かんとす。

 

こうも仕事がドドドと押し寄せてくると書けんで、書かん内からびちゃぼちゃとなんかしら私にとり重要っぽいものがだだ漏れになるのはしんどいし、今思い出したのが西遊記にそんな果物があったよなということで、赤子のかたちをしているのだがちゃんと果実していてこれがもううまいと、金気を嫌って木を好むとかそんなんで、如意棒で突っつくと落ちてくるも適切な器で受け止めないと地面にヒュボッと下水みたいに消えてしまう、結局首尾よく手に入れる方法を見つけた悟空らが食べまくって、あとからそこの下男みたいな人らが5000個なってたはずなのに14個足りないお前ら食うたやろみたいなことではてさて、一行の旅路はどうなりますやらと、何の話やねん、ともかく一番しんどいのは、仕事が終わって夜、家でゆっくりしているところに52歳のおっちゃんから酒を飲んで泣きながら電話がかかり、おんなじ愚痴を何周も聞かされながらまあまあまあええことありますよと慰留することで、まあ、50歳の男が泣きたくなるような仕事だというこっちゃ。

 

仕事の合間にかろうじて、大学の先輩が話すたびにレコメンしてくるところの『サピエンス全史』を私も読むところのものであって、上巻を終えたところなのだけれど、チンパンジーの場合はこんなして暮らしてるという説明でアルファオスという用語があり、うまいことみんなに顔を売ってその群れを占めるような存在なのが、その次のページで「現代のアルファオス」というコメントを添えてキリスト教の司祭の写真を載せていたのには笑ってしまった。人を顔で判断するのは良くないこととは思いつつ、いやでもそれはほんとにそうよ、本の開きはじめや手の滑ったときにちょいちょい見てしまう作者の顔は、がいこつみたいに痩せた感じにじっとこちらを見つめていて、確かにぽろっと時たま面白いことを言いそうな面ではあった。

 


日記を書くのに日記を書く理由だけを書きつけて、でももう疲れてしまった。彼氏が私が過去発したおもろいことを言うときに、私由来であることを忘れた私はなんそれめっちゃおもろいやんメモっとこ、なんつって都度リス呼ばわりされるのだが、どんだけ自分の言葉好きなん私、いや好きやけど。でも疲れてしまったから、仕方がないのだ、今日は、ここまで。

エーテルを砕く

 

 お父さんは蝶々を追いかけて出て行ってしまった。なんかどうも、ぽげぽげしたアホだったのだ、多分。お母さんに言わせると、二百万年前の劣等遺伝子のせいだということで、はたして私たちがその時に人の姿をしていたのかどうかは分からない。いつも誰かがいうように、昔の万というのは今私たちが考えているよりももっとずっと少なかったということだから、ともかく確かなことと言ったら何も分からない。
 蝶々というのは、大昔にこんな生物がいたのだという。余分な足と触覚と、ストロー状の口をして、しかもそのどれもごく細いペンでして書いた線のようであるから、生温かく湿って脈打つ胴体と、あとは線ばかりでできている。シャワーを浴びているときや消灯後の当直に入るとき、背後にこんな奴らがいるんじゃないかと考えてしまう。足が全く無いか、または極端に多い連中。ほどほどということをわきまえない物体で、私の後ろに立つか這うかして、何をどうするか想像もつかないが、まずはただじっとこちらを見るのだと思う。そのことに気付いて、声も上げられなくて私は、あっけなく陥落する。

 人たちの死は基本的には禁止されていて、だから母は、婉曲に、父がいなくなったことに関してそのように表現するのだとある年齢ではそう思っていたのが、母は今でも、私は真実を証言しているのだと証言する。スネに除毛ライトをすりすりあてがいながら私は、ハイハイ、なんつって返事をして、テレビでは私の好きな、猫が出てきてワーとかキャーとかの番組で、大抵こういうものは親の話よりも面白く、それどころではなかったのかもしれない。猫は一時期ものすごい数がいたのが、段々と性に消極的な世代が多くなってきて今では実は絶滅に瀕しているという。それが本船の中だけのことなのか、今や全宇宙的にそのようなことになっているのかは知らないが、大学で知り合った猫は、ねえ、これってさ、ほんとにクールだよとかなんとか、しょうもないボールベアリングをころころするのが好きで、やっぱりちょっと変わってるよなというか、脳が私たちに劣ると、そこまで言うつもりはないのだが、イかれているという感じではあった。彼も十六歳のときにパイプカットをして、そのあとはうんと長生きをして楽しむ予定だったのが、卒業してすぐにクリーニング用の蒸気に焼かれて死んでしまった。故意だったのか過失なのかは分からないが、日報で見て、人づてに聞いて、私も急に死ぬのが嫌になってしまった。
 のどかな日だということができると思う。休みの日なんて、テレビを見ながらスネをつるっつるにして、せんべえかじってればいいのだ。実家に戻るというのは学生の時で週か、隔週に一度、卒業してからは月に一度も来ることがまれになったけれど、別段寂しいとは思わない。船首側で育った人たちは比較的甘ちゃんの、家族の絆大好きっ子になるというが、じゃあ私はお父さんの血をより濃く継いでいるのだなと思う。船尾側の新興開発の区画は、私やその周辺の世代が働きに出てからはいっぺんに寂れてしまった。それに比べたらこちらの区画はまだまだ活気があるというもので、同級生やそこらの、つまり若い人たちをよく見かけるし、親と買い物に出かけたり、公園の滑り台で遊んでいたりする。要するに、こいつらみんな愛すべきアホばっかりなのだ。家は好きだけれども、明るいから、少なくとも、臭いとか、湿気があるわけでもなく、ところで本当に不思議なのはビルジたる小汚い油汁がどうしてこうそこかしこから湧き出てきちまうんだいということで、それは一つの悩みであって、それとも、私は母にうんざりしてしまったのかもしれない。この人はずっとこうして同じ話の続きを話している。
 寮に比べて住居区は照明が少し柔らかな気がする、家を出て上を見上げても目が眩むことがない。白ばかりでなくそのほかの暖色が混じるようで、実際電灯自体が異なっているのだろうか、それとも比較的広い区画に構造物が点在し、人を狭いところにこれでもかと押し込むことがないという心理的な安心からくることなのかもしれない。狭くて暗いところというのは好きで、元々、部屋と仕事場を行き来するだけでもなんらの不都合も感じないが、こうして通路でなく道を歩き、土の上に木が立っているなんて光景を見ていると、確かに酸素が多いような、気分がいいような錯覚を得る。作業着を着た人が少ないというのも、そういった気分の一助であるかもしれない。一つ困ってしまうのは見知った顔を見かけるということで、住宅を抜けて通りに出るまでの間に既に四人ほど、というか四人なのだがすれ違い、その都度互いに会釈をするものの、実際そのときになると体がコチコチに固まってしまってうまくいかない。単に上半身を傾けるというだけのことなのだが、タイミングということだろうか、適切な瞬間に□ボタンを押して攻撃にスキルを乗せるような反射神経を問われるビデオゲームが苦手で、いや、現実はそう判定が厳しいということも無いのだが、必ず逸してしまう。会釈の意味を考えてしまうからだろうか。なぜ私はこの人たちに礼をしなくてはならないのか、はたして意味など無いのだから、思い切ってそうすべきであると思うのだったが。小学生だった私が、いなくなった父のことで周囲からしこたまいじくりまわされた多分そのために、うまいこといかなくなってしまった。

 船尾へ向かう大通りを左にそれて、空いている土地なんだか道なんだか分からないが、人のいない地面というか床を進むと、年中光っている小型のネオン看板が出ている。実家に帰るときにはいつも、父にも会うようにしていた。壁に貼り付けたみたいな木製のちんけな扉をくぐると、中は意外にも広くて、また暗くて、明るい時間だと目が慣れるまでに少し時間がかかる。もとは多分、清水を貯めるタンクか、単にボイドスペースだったのだと思う、急に天井が迫るようで近く、所々、床に無意味な仕切りがあって、足をぶつけるともうものすごい痛い。ほんとの奥まで行ったことは無いけれど、空気ゆうか気配ゆうか、おそらくちょうど真ん中くらいのものだと思う、二分ほど壁伝いに歩いて、その頃にはもう目も慣れてくる、胸ぐらいの高さの中途半端な隔壁に仕切られた個人用のスペースの一つ一つにぼうっとした光の漏れるディスプレイというか画面があり、それが多分、反対側の壁にまで続いている。両側に画面の居並ぶことで発生した通路を歩いて、足音がすごくぱさぱさと、ここは少し酸素が薄いようなのだ、一つの筐体に据えられた丸椅子に座って、電源を入れた。愛は好きかって、そりゃ好きよというような文章がゆらゆらと上から下に流れていくスクリーンセーバーがじれったく後ろめたく消え去って、画面には父の顔が現れた。筐体の右側にかけたヘッドセットをかぶって、おはようと言うと、父は「やあ」なんつって挨拶っぽいポーズをとった。
 AIは、父がいなくなってあと急速に発達した技術であって、彼がまだいた、出始めの頃にはまだ手打ちの作業だった。私が「おはよう」なんてかける言葉を予想して、あらかじめ「おはよう」とか、「ハーイ」などと打ち込んでおく。いくつかの内からランダムに選ばれた言葉が、父の言葉として口から、ヘッドフォンに流れてくる。その人が言いそうっぽい言葉を言うなんて技術は想像することもできなかったから、たとえ初めから決まった言葉しかないにしても、しゃべった私に大して少しのタイムラグもなく返答があってその上、3Dに取り込まれた本人の姿が映し出されるのだから、もうほんとに科学で、人たちは、というか私はすごく感動していた。最近亡くなった人たちは、結構な量の質問にマークシートで答えて、言葉というよりは思考あるいは脳みそをそのままAIにゆだねてしまうので、もっとリアルな、ほんとは嘘なんだけれども、会話らしい会話をすることができ、遂に私たちは単に消えていくことから解放されたと喜ぶ向きもあったが、この施設が休日にほとんど無人であることを考えると、みんなじいさんやばあさんや死んだ人に、思っていたよりも用事がないのかもしれない。新しく生まれた言葉や概念をアップデートで取り込んでいくこともできるようになったというから、すさまじいエネルギーを持って日々更新される技術の横で、今となっては父がこれら言葉を一つずつ考えて、打ち込んで、自然な感じに録音さえして、涙ぐましく面倒くさく、父はまめな男だったなあという気がして、もうあまり覚えていないからほんとのところはどうか分からないが、多分そうなのだと思う。
 今でも変わらず34歳の父と話すというのは全くおかしな感じで、話すというよりは尋問というか幼児を質問攻めにしたことはないがしたらこれとそう大して変わらないと思う、子供の頃には大人は当然大人であったのが、こうして自身大人になって話をしてみると、大したことないなこのおっさんという気がしてしまう。本当によしておけばよかったことがあって、このマシンというか父を攻略することに躍起になっていた中学生の私は、父が入力した言葉のリストを全て見てしまっていて、単に「オムライス」とぽつりつぶやけば、最も自然に「大好きだよ」と返してくれることを知っていた。知らなければどうだったのかということは分からないが、取り返しのつかないことをしてしまったと思うし、本当に後悔している。躊躇する部分ではあるが恥を忍んで当時流行していた復古的地球ギャグを放つと、父は腹を抱えて笑う。母の名前を口に出すと、俺の妻だ、愛してると格好つけて、ミドリとつぶやくと、かわいい、本当にかわいいと言う。私の名前だ。頭の側面を刈り上げて、てっぺんは短い金髪をピンピンと跳ねさせて、これ自体は活発で邪悪な人たちがよくやる髪型で、ひげをきれいに剃ってつるんとした顎をして、でもなかなかいい男なのだ。今日もお母さんがお父さんの話してたよ、と言う、反応はない。聞こえていないのだ。
「お父さん、どうしていなくなったの?」
「何を言っているのか分からないな」
 ハハッと父は笑うか口で言うかして困った顔で、猛烈に惨めな気持ちにさせられる。でも、そりゃ確かに「どうして死んだのか」なんて聞かれて、私でもそのときよう答えんわとも思う。

 ミドリちゃんたるこの私のお名前は、父が医務室を出て最初に見たものがそうであったからだ。運がよかったのは、たまたまマスカラスが持っていた鉢植えの観葉植物のおかげで、父の視力によっては根っ子というのもあり得たし、エダと呼ばれていることもあったかもしれない。それはそれで、大昔の偉い人いうか、大昔にいた人に似た名前という感じでよいとは思う。ともかく、ツウロや、ドアというのでなくて本当によかった。普通、人が私を呼ぶときにはミドリと呼ぶのだから、忘れがちなのだけれども私にも確かに苗字というものがあって、あーそうだった私って源流はそういう名のモノだったという気になる。
 本船の航行は順調で、前回補給を受けたのがほんの十日前だったことを鑑みるに、しばらくは特別な作業もないし、何も問題は起こらなかった。パンをかじってツナギに着替え、交代に間に合うぎりぎりの時間に自室を出ると、すぐ目の前に女が立っていて面食らった。背後によろめいてドアが閉まりかけるところ、部屋に一歩踏み込んで女は「おはよう」と言った。
「サヤマさん久しぶりだね」
 なつかしげにほんと久しぶりだなーと続き、一歩あゆみよって部屋の中に入ってきた。
「ごめん、誰でした?」
「ミズキだよ」
 えーとと考えてはみるが少しも思い出せず、ひとまず急いでいることを告げて、自分の部屋を後にして機関部へ向かう。居室の区画を抜けて十字路を左に折れるところで、携帯を忘れたことに気が付いた。誰かにメッセージで、ミズキとはだれかと聞いて明らかにしたかった。引き返して自室に戻ると、中にミズキがまだぼうっとたたずんでいて、うおっと私はさっきと同じようにのけぞった。金髪をアップにした真ん中の顔はポガーと呆けてどこ見とんのか分からん表情で口が少し開いており、立っている横を抜けてベッドわきの電話を手にするのが少し怖かった、これでいきなりうおーだの叫んで襲い掛かってきたらどうしよう。言いたいことはあったがそういった恐れからまた脇を抜けて部屋を出た。
 道すがらミズキって誰だっけとカエデにメッセージを投げるが、「ミズキだよ」の一言が返ってくるのみで、私はあなたを殴ると送り返して電話はしまった。ツナギを着ていたが、どういった身分の人間だというのか、それに頭は大丈夫なのだろうか、思って、そうか私はサヤマさんなのだ、と思い出すが、彼女のことは思い出せない。
 機関部のコントロールルームに下りていくとカエデがぼけっとコーヒーを飲んでいて、私に気付いてにこりと微笑んだ。
「おはよう」
「おはよう、ミズキって誰?」
「ミズキ覚えてない? ほんとに?」
 コーヒーメーカーに向かう私に、金髪でさー、とカエデは続ける。
「女でさー」
「それは知ってるよ」
 さっき会ったんだから、言いながら座ると、えーマジで? 大して驚いてもいない様子でカエデは驚いた。
「彼女転船したんじゃなかったっけ?」
「だから覚えとらんのやって」
「いやおったじゃん、小学校のさ、私は別のクラスだったけど」
「かついでる?」
「ごめんだから私もそんな知らないんだ」
 カエデに謝られるが、でもしかし、私はカエデと同じ学区だったということも忘れてしまっていた。豪快に扉を開いて機関長が入ってきて、私たちの話は中断した。
 四号発電機の清水冷却ラインから水漏れが見つかり、運転を停止後、バルブを閉止して該当部を外から縁切りして、以降は予備品の溶接とパイプのやり替えに終始した。作業台で鋼管を測っているとき、ヒンジ部の溶接を行っているとき、ともかく作業をする視界の端でちょこちょこと、機関長と誰かが歩いたり立ち止まったり何かを話していて、パイプの取り付けが終わって一息ついた頃、くっついて歩くのがミズキだと気づいた。自然とその方向を見ながら、「あれ」と漏らすと、ラインの上に座っていたカエデがヘルメットを軽くずらして私を見た。
「なんか言った―?」
「いや」
「なーにー?」
 すぐそばの三号機の稼働音でかき消され、なかなか声が通らない、シッシと手を振って何もないことを示すが、「どおーゆうー意味―?」大声で間延びさせながら背を向けてもう元の位置から下り始めていた。
「ミドリちゃんなんなん?」すぐ耳の傍でカエデがしゃべる。
「いいよ来なくて、下りてくるな」
「なんか言っとったでしょ」
「なんも言うとらんし」
 いやにデレデレと、一つも面白くないのにへらへら詰め寄るのがカエデは好きで、要らん要らん、くんなくんな言うて両肩をつかんで揺さぶり、回れ右させてようやく持ち場に戻すことができた。カエデがきちんと元の配管に上り、バルブ前についたことを確認してから、私も足元のバルブからロープをほどいた。今度はピストンの上下に負けないように声を張り上げる。
「じゃあいくよ」
「はーい」
 カエデの巨大な返事に、離れて作業をしていた何人かが驚いて振り返る。足に力を入れて、バルブを開放する、清水タンクに近いのが私で、発電機に近いバルブがカエデだ。円形を自動車のハンドルを握るようにハの字につかんで、右腕を前方に送り、左を体に引き付けるようにして、一説によると私たちの祖先の人たちの惑星の自転周期と関わりがあるようで、いやそれってどの角度から見た時の話よ、とはいつも思う。もう動かないところまで体をぶつけ、そこから少し戻して、閉止するときのためにゆるみを作る。一番バルブ開放ヨシ、と指さすと、続けて前方のカエデが、二番バルブ開放ヨーシと腰に手を当てながら叫ぶのが見えた。ずるりと猫みたいに柔らかな動作でパイプから下り、カエデは溶接個所を指差し確認しながらラインをたどって傍にやってきた。彼女は異常なし、と満悦に微笑んで、ヘルメットを脱いで肩を組んでくる、私たちの作業はこれで終了だった。
 脱衣所で服を脱いでいる最中に、隣でカエデが、おっ、と口にした。いま動いたね。
「よくわかるね、ほんとに?」
「ほんとだよ、わかるもん」
 ちょうど十七時半で、さっきの発電機の試運転が始まる頃だとは思う。ミドリちゃんより床が近いからさー、話しながらカエデはシャワールームに先行する、振動が分かるんだよね、わずかでも。頭からお湯を浴びて、ああ、身長のことを言っているんだなと気が付いた。
 私たちの船には発電機が十基あって、この巨大な内燃機たちの群れが、一生懸命に混合気を作り、爆発させ、ピストンの激しい上下からタービンを回して発電し、配電盤を介してすべての区画に電力をいきわたらせている。電灯も、ドライヤーも、エアコンも、本船の推進機に至るまで。用意周到なことに着替えを持参して洗濯済みの作業着に着替えたカエデは、来たままと同じツナギを着込んで髪を乾かす私のにおいをくんくん嗅いで、わー、くせっ、と嬉しそうに鼻をつまんだ。

 髪を乾かしてコントロールルームに入ると、作業を終えた人たちが集まっていて、引継ぎ用のホワイトボードを見るとしっかりと「四号機1730試運転開始」との文字があり、ほうと私は感心する。後ろから更に三人が出てくるをの見て、奥に座っていた機関長が立ち上がり、ミズキを連れてみんなの前に立った。
 彼女について、機関長の口から簡単な説明がなされた。今日から機関部の配属になったこと、他船から本船に移ってきたこと、それからミズキに向かい、ゆっくりでいいので仕事を覚えて、ケガだけはせんようにとの言葉がかけられて、紹介を引き継がせた。
「こんにちは、イトウミズキです」喉を鳴らすような、奥歯の奥に少量の液体を含ませたような声で、彼女の自己紹介は始まった。
「ここに来る前は軍艦で、ボイラー技士をしていました。カブラという船で、少し古くって、この船みたいな電気推進じゃなく、大きな主機があって、それが推進機につながっていて、まあでもほんと、悪くはない船で、その前は小学生くらいまで本船に乗っていました。家族みんなで転船したんですけど、同じ船に二度も会うなんて珍しくないですか? なんか急に、本船は緑が豊富でよかったよなーと思って、緑しかないんですけどね、それで懐かしくって、自分だけもう一度この船に戻ってくることにしちゃったんです。今日は一日機関長に案内していただいて、思ったのが、やっぱり民間の船ってこう、優しいというか、ゆるいというか、いいですよね、みなさんの様子見ていて、女の子が多いですし、動きがてんでバラバラっていうんじゃないんですけど、個人の裁量が広いというか、そんな感じで、すぐなじめると思いました、私。前やってたのはボイラーで、もう軍艦って機関場は男の人ばっかりで、すごい厳しいんですよ、同期で百人配属されたと思ったら毎年三人くらいは自殺して死んじゃってて、もう怒り方がすごいんですよ、人間の尊厳を台無しにしてやるぞとかそんな風で、しょっちゅう無意味な腕立てをさせられて、あ、私は女の子だからって、いっつも免除してもらっちゃってたんですけど、精神的な方はきつかったですね、けっこう鍛えられたと思います。民間でも、いえそんなの関係なくって、一生懸命頑張っていこうと思うので、よろしくお願いします」
 ぱらぱらと拍手が起こって、隣でカエデがへらへらと笑って、すんごいしゃべるねーあの子、とつぶやいた。そうだねと頷くと、拍手を手で遮って、またしばらく彼女の自己紹介が続いた。本当は専攻が航海技術で、果物が好きで食べ過ぎてしまうところがあり、今回転船に際して母から泣きながら桃の差し入れがあった、ところで桃の種には毒が含まれていて、喉が渇いたと慌ててむしゃぶりつくと、中ってしまうということ、航海は人が多かったので機関に進んだんだけれども、卒業して気付いてみるとそうでもなく、どちらも似たような人口であるから失敗したという気持ちがあり、頑張って偉くなりたいけど機関長は責任が多いものであるから、一等機関士くらいが目標で、ボイラーをやっていたんだけれども期間を触ってみたくなって……、みんながみんな、なんなんコイツ、と思い始めてからしばらくしても話は終わらず、自分のすべてをさらけ出さなくてはいけないわけ、この場はという意識をみんなが共有したんやと思う、しびれを切らしたのか何なのか、操機長が勢いよく立ち上がって「ちなみに俺は焼きそばがすきだよ! バイバイ!」と叫んで部屋を出ていき、一瞬静かになったのを見計らって機関長が、おいおい、とか、まあじゃあそろそろ、などと言って話を終わらせ、私たちは遂に解放された。

「サヤマさん!」
 ぞろぞろと連れ立って階段を上る私の肩に、駆け上がってきたミズキが手をかけた。
「ごめんね、マジ朝、びっくりしたよね?」
「びっくりした」
「いやーホント、正直この船の友達のこと全然覚えてなくてさー、機関部のクルーリスト見てもピンとこなくてー、みんな、もうすっごい顔変わってるじゃない? で、あれなの、サヤマさんてさ、お父さんが船長だったじゃない、それで覚えててね、朝、一緒に行こうかと思ってたの、でもごめんねー、覚えてないよねえ、絶対覚えててくれてるっていう錯覚があってさ、驚かせちゃったね」
 話しながらミズキは私の隣に並び、カエデは押し出されるように斜め後ろを歩くことを余儀なくされた。圧力のようなものなのだと思う、押されたみたいな感じで、私もミズキから少し離れる。
「いいよ別に」
「でもあれだねー、お父さん亡くなっちゃったんだね、残念だったね、いやほんとにさ、私もさー、ほら小学生の頃の船長だったじゃない、あこがれて航海に行ったみたいなとこあったから、ほんとは行きたくなかったんだけどね、私のお父さんがけっこう頭おかしくて、急に大砲とかそういうのに目覚めちゃってもう聞かなくてさー、もう無理やり。お母さんもそれでちょっとおかしくなっちゃってね、毎日あんな風になったら終わりだよみたいなこと言われてね、だから航海科から機関に移ってほしいって、でも関係なくない? それで大学でいきなり転部してそっち移ったの」
 口を挟むタイミングが見つからず、かといって黙っているのも悪いかなという気持ちもあり、父の話を人からされて頭がガンガン痛み出して、あーとかうーとか、しゃべり続けているミズキというよりは空間というか自分に向けてため息状のものが漏れて、なんだか汗もびっしょり出てくるししんどいなあと思いながら視界に自室が見えてきたくらいでカエデにお尻をキュッとつねられて、二度も、キュッ、「いった!」とカエデを振り返って、歩くのをやめた。えっ、とミズキも少し先で立ち止まる。
「なになに?」
「あー」
「あそっか、ここ部屋だもんね」
「うん、じゃあね、」
「夕ごはん食べないの? 一緒に行こうよ」
「ちょっと、今日は疲れちゃって」
 いらないかな、近づいてくるミズキに言うことができた。そう、残念だなあ、ミズキが分かりやすく肩を落とす。そしたらまたね、明日からよろしく、うん、お疲れ様。彼女が角を曲がるまで背中を二人してぼーっと見送って、姿が見えなくなると、カエデは「うぎー」と叫びながらもため息を吐いて髪の毛をガシャガシャと両手でかき混ぜて跳ねるように足踏みをして、それも同時に、見ていながら私も、今日は疲れたなと思った。
 翌日居室を出ると、少し離れたところにミズキが待っていて、あ、もしかしたら今日も疲れるのかもしれないと既に疲れた頭で考えた。
「おはようサヤマさん」
「おはよう」
「昨日ごめんね、また、サヤマ船長のこととか、サヤマさんにとってはお父さんだもんね、」
「あー」と自然と口から声が漏れた。いいよ、別にと何も考えずとも言葉が出てきた。じゃ、行こっか、出勤だよね? とミズキは先を歩きだした。
「昨日あの後、ご飯食べてからまた船長のこと調べて、すごいよね、やっぱり、史上最年少のキャプテン。正直ちょっと、あんまり評判良くないけどさ、でも埋もれているというか、きちんと評価されなくちゃだめだと思うの。政策だって今はそれをたどっているようなものでしょう?」
「ごめん、お父さんのこと、正直あんまり詳しくないんだ」
「あ、そうなの、逆にね、家族だからってのもあるのかな、どんなお父さんだったの、」
 うわっと叫んでミズキは自分の口を覆って、一度話が中断する。
「ごめん、ごめん、またお父さんの話してた、ごめん、ねえ、昨日一緒にいたのって誰だったっけ?」
「昨日? カエデだよ」
「機関長ってなんて名前だったっけ、あたし名前覚えるのが苦手で」
「ギンジ」
「昨日あの、焼きそばが好きな彼は何て名前なの? 職位って分かる?」
「テツオ、職名は操機長」
 ありがとう、とミズキははにかんで頭をかいた、いやーほんと、人の名前とかって、つぶやきながら今度はまた急に上を見上げて「あっ」と叫ぶ。
「二人は職名なんなんだっけ、ミドリちゃんと」
「私と?」
「カエデ?」
「二人とも操機手だよ」
 部員なんだね、あとさーという具合で機関場に到着するまで質問攻めにあい、クルーリストを見たらどうなのかという意味のことを伝えると、あ、そっか、とすべてが解決に向かった。

 私やカエデの予想に反して、このひと月の間にミズキの評判はなかなかよろしいことになっていった。想像していたよりも器用なようで、仕事の覚えが早かった。人との関係にしても、引き出しが多いというのか、どんな話題が出てきても話が膨らむというので、特に口下手が多い機関場にあって、自分がしゃべらずともいいので楽ちんぽんだという奇妙な重宝のされ方をするに至った。実際私にしても助かっている部分はある。一人抜けた部分にまた一人入ってきて穴が埋まったのだから、本当ならどれだけの人数が適正であるのか、知らないことだが、人が減るのは大変なことだ。でも、だからと言って若くして動けなくなってしまった人もいる。そうした人たちに対して、私が何か言えるとは思えない。それよりも、考えることさえできないと感じることのほうが多い。どうしたらよいのか、大抵の人たちは私と同じ考え方だ。という意味は、何も考えていないか、または何も考えることができない。触れないことがよいことであると錯覚されてしまうようなこと。だから、今の船長はそういう人だ。前の船長も、その前も。正しさを掲げる人が勝利してきた。
この頃はそうでもなくなってきたようだが。しかるべき年齢と経歴と知識を持ち、きちんとした人々のうちの更にえりすぐりのキチンたち、候補者の何人かは、選挙出馬そのものを拒絶した。今回はアブドラがいたからいいが、次のタイミングでどうなるかはわからない。みんな、ずっと長いことこの船にいるせいで、あまり意味が分からなくなってしまった。責任を負うのは恐ろしい。何をしたらよいのかわからない中で、なんの責任を負うというのか。それも、責任に対しての人々の敵意といったらない。ほとんど、というか乗組員が死ぬことは誰かの親か兄弟か子が死ぬのだ。あるいはそうでなければ、死んだ人たちの親か兄弟か子供は、別の乗組員の親か兄弟か子供に他ならない。
 船長になってダメにしてしまった、ダメになってしまった人というのは過去何人かいて、私の父もそうだった。父の代で、私たちがとてつもなく長い時間をかけて、元の座標に戻るようにしつこいくらい長大な楕円を描いていたということが分かった。海図なんて、あってないようなものだから、レーダーと他船の位置を参照して、代々場当たり的に航行していた結果なのか、私たちはただぶらぶらとさまよっているだけなのだった。航海の都度、あの船に補給を頼もうとか、あの恒星付近に行って様子を見てみようという目的を立ててはいたが、父は心が駄目になってしまって、私たちに最終到着港も目的もないということを船内に公表して、同じように急に足元がふわふわと生きている心地が持てなくなった賛同者たちとともに、ハッチからすごい勢いで吐き出されて、ここからはいなくなってしまった。

 夜間当直の前日、一日休暇をもらえたので、また父に会いに行った。ミズキは懐かしさからこの船に戻ってきたというが、小学生の私は父がいなくなってからというもの、化学の授業を受けていても、うおーそれどころじゃないなという気分でいっぱいで、家に帰ったら父と一緒に映った映像を必死こいて見直して父の顔を忘れないように躍起になっていたから、かえってそのほかのことはほとんど全部忘れてしまった。歩けば分かる、または思い出すのだろうが、実家への道と、このちんけなドアにつながる小道以外に、とりたてて用もなかった。
 相変わらず人の姿はほとんんどなかった。端末の保守に従事するおばさんが何も考えていないような顔で、向こうとこちらをゆっくりと行き来していた。タイミングがまずかったのか、私が入ってきたところ丁度ターンをして、挨拶を逸した上、狭い通路を彼女のの背中を見ながら、そろそろと追いかける形になった。ちゃんと確かめたわけではないのだが、いつもの倍、四分か五分は経ったようで、筐体の通路に曲がるころには手に汗をかいていた。ぼんやりとした暗がりの中、珍しく一人、筐体に向かっているのが遠くから見える。丁度私の父がいるあたりで、隣り合っていたら嫌だな、ようしゃべらんやんか、予感がして、ぱっさぱっさと警戒して歩を緩めながら近づいてみると、果たしてその通り、まさしく私の父の筐体ではないのか。見間違いではなかったか、確かに端から見て十五番目のこの席に、男が座って父と向かい合っていた。背後の私の存在に気が付かないぐらい熱中しているらしい、おかっぱに近いと言えばいいのか、頭の下半分を全く刈り取ってしまって、キノコの笠みたいな髪の毛が、その上にポンと置かれていた、中心がどこだかわからないが、その頭の上のほうから絶えず汗が垂れてきて、毛の、抵抗の少ない部分を道にして、そのままはち切れそうな白いTシャツを濡らしていた。意味が分からなくなってしまって、もしかしたら彼は私のお兄さんなのか、それとも知らない親戚の人たちの誰かであるのか、丸渕のメガネが画面の明かりを返して白く光り、面相が分からないが、口元はにやにやとゆるみ、オムライス、オムライスと小声でつぶやくたび、その端から少量の泡みたいな唾液が掻き立てられた。どう声をかければよいのか、反応すればよいのか分からないまま、ただふらふらと男の背中を眺めるうち、男は左手を繊細な形に、ジョイスティックを小刻みに動かし、タタン、タタン、と器用に右人差し指と中指でボタンを連打し、画面の奥の3Dの父をカメラの隙をついてさかさまにして、あまつさえ股間にズームさえ
し始めて、やっと「おい」と声が出た。
「おっさん何やっとんねん!」
 右肩をひっつかみ勢いに任せて振り返らせるが、触れた部分が想像を超えて湿り気と熱の両方を帯びているので、私もさっと手を引っ込めて後ろに飛びのいた。
「きもいっ!」
 右手を庇って左手を胸元で添わせる私を見て、おっさんのほうがびっくり仰天こいたという顔で、ひぃ、とちっこい悲鳴みたいなものを漏らした。
「なにやっとんねんおっさん! どっか行きや!」
 腰が引けるのを意識しながらもそう叫び、シッシッと追い払うように、もしかしたら声にも出ていたかもしれない、手をぶんぶん振り回すと、おっさんは転ぶような勢いで椅子を倒し、どたばたとかけて向こう側に消えていった。心臓がバクバクする。直した椅子にハンカチを噛ませて座り、なんなんあのおっさん、と父の股間に叫んだ。返事はない。気が付いて、ヘッドフォンをかぶると、耳がじっとりとした液体に包まれた。
「あーもう最悪や」
「そんなこと言うなよ、」
 人生いろいろ、と股間がしゃべる。画面の戻し方が分からないのだ、脂ぎったジョイスティックを握っても、カメラが引っかかるような変な感覚で、少しずれてはまた父の股に戻ってしまう。
「いらつくわホンマ」
「そう怒るなよ」
「誰なん、さっきのおっさん」
「なんだって?」
「さっきのおっさんよ!」
「……」
 反応しないのは分かっていて、でもため息が出た。
「父げんき?」
「げんき一杯さっ、グレイト!」
「もー」
「落ち着きなって」
「オムライスっ」
「だーいすきさ!」
 たはー、と父の笑う声がした。今日はもう、これ以上話すことが思いつかなかった。結局、画面の戻し方が分からぬまま、寮に戻って、あとはすぐ寝てしまった。

「今日から私も夜間に入ることになったから」
 よろしくね、とミズキが差し出した手を握ると、さらりと冷たかった。
 夜間の当直だからと言って、昼間とすることに大差はない。機関長がいないということだけで、一機士が指揮を執り、大きな問題があれば電話であのクマみたいなギンジをたたき起こすこともできる。一時間ごとにペンライトを携えて運転中の機関の状態を確認し、ノートに記載していく。合間にミズキを連れて天井部分のペンキを塗り替え、後の空いた時間はコントロールルームで計器を監視していた、起きてさえいればできる仕事だ。ミズキは席に着くたびに携帯を取り出して熱心に覗き込みながら忙しくフリックにかかる。私たちの他にもいくつかのペアが詰めてぼーっとしたり、コーヒーを飲み、お菓子を食べたりしていた。責任者たる一機士からしてパズルゲームに興じているのだから、もちろん誰が誰に注意するという風でもなく、確かにミズキの言う通り、私たちはゆるい仕事をしているのかもしれない。
 今夜は特に暇だと思う、それが一番なのだが。目の前の温度計と流量計のグラフは、燃料油が滞りなく発電機に届けられていることを示していた。ついあくびが出たところに、ミズキが肩をたたいて私を呼ぶ。
「ミドリちゃんはSNSって何かやってる?」
 やってない、と答える前に携帯の画面が差し出されて、ちゃっちゃっとミズキの指で画面が流れる。
「サヤマ船長、ミドリちゃんのお父さんね、すごいよ。私やっぱり憧れで、最近そればっかり書き込むんだけど、話題になっちゃって、みんなもすごいよ、もう、キャプテンの記事ばっかり」
 また父の話になるのかと思いながら画面をのぞき込むと、もうすでに何千人の人たちに見られたらしい父に関する記事が投げ出され、何も言えないでいると、すごくない? とミズキが言った。
「悲劇の英雄っていうかさ、今生きていたらどうだったんだろう、」
 話は続いているが、彼女と面と向かって話すのは疲れる、テレビみたいなもので、特別一人に向かって話すのでなければまだいい、三人か四人の人たちの中に彼女がいて、右に向かったり、左に向かって、分散されるが、現にこの私に向かって話されると、私はそれをすべて聞かなくてはならないのか、それってやっぱり大変なことで、疲れるなと思いながら私は、椅子から崩れ落ちて倒れたらしい。

 医務室で目を覚ましていた私の手を握ってくれていたのはカエデで、身を乗り出してのぞき込んできた顔を見て私はありがとうを言って、起き上がろうとしたが頭が動かず、力を抜いて枕に頭を任せると涙が出てきた。
「大丈夫?」
 髪が頬にかかってきて、うんと言おうとしたが声が出ず、力を絞って少し頷いた。カエデは私の声が出るまでじっと辛抱強く待ってくれた。天井を眺めて、といってもそれ以外に見るものもないのであるが、時々カエデの方を目だけで見ようとすると、にこり微笑んで頷くのがぼやけて見えた。安心してもう一度眠りにつく。
 話すことができるようになると、カエデは喜んで、ミドリちゃんよかったねえと手を握る力をぐっと強めた。
「SNSの」
「うん、何?」カエデが耳を髪の中から引っ張り出して私に近づける。「SNS?」
「そう、あの父の、カエデは見た? 私、分からなくて、あれって」
「あーミドリのお父さんが、うん」
 手を顎にもっていって、カエデは天井を見上げた。少ししゃべるだけで息が苦しく、喉の奥から空気ばかりが漏れだしてくる。
「あれは消してしまうことはできないの?」
 カエデは私の手を放して自分の頭を両手で抱え込み、うーんとうなった。手を下ろしたかと思うと今度は腕を組んで首を背中に向けて伸ばし、そのまま右へ、左へ、うーん、うーん。バランスを崩して椅子ごと尻もちをつき、おどろく私に向かって、それは、ちょっと難しいのかも、と下を向いて、珍しくぼそぼそと言った。
 えー、と、次にガーンじゃんそれってと私が言うのと同時に、ミズキが入ってきた。
「ミドリちゃん、大丈夫? びっくりしちゃった、どうしたの」
 ドアを開けた瞬間からしゃべりだし、そのまままっすぐ私に向かうミズキを、椅子を手すりにして立ち上がったカエデが手で遮る。
「なに? カエデさん」
「ミドリちゃんが倒れたのはあんたのせいだよ」
「どういうこと? えっと?」
 ミズキがまっすぐに私を見るだけで頭の中がグルグルする思いがして、ということはカエデに感謝で、隠れるようにその背中に取りすがった。のぞき込もうとするミズキを、カエデが手足をばたばたさせて追い払う。
「えーほんとになんなの? どういうこと?」
「ミドリちゃんのお父さんのこと!」
「サヤマ船長? どういう、」
「お父さんの」私がカエデの後を引き継いだ、私が言わなくてはならない。「父の記事を消してほしいの」
「えーほんとに分からない、関係あるのそれ」さっきと逆の格好で、ミズキはのけぞるように私たちから離れた。
「個人的なことなの、私のお父さんのことだから」
「そんなこと言われても」
 また、えー、と喉の奥から声を上げた、やだなー。
「なんの関係があるか教えてくれない? それにさ、もう私の他にもたくさんの人が投稿してるよ。今の船長だって別のに共感してるし、一万人に見られたのだってあるんだから、」
「それならあんたの投稿だけでも消しなよ。火付け役でしょう?」
 何も言えないでいると、カエデが私の思っていたことをそのままに言ってくれたが、反応は良くなかった。えー、と、やだよー。
「せっかくこんなにたくさんの人に見てもらえたのに、それに私だけが消してももう変わらないと思うよー、みんなが書いて、もう、データベースの閲覧数もすごい伸びてるらしいし」
 弱ったようなごまかすようなへらへら表情でくねくねと口上を述べるミズキの鼻っ柱を、カエデが勢いよくぶん殴った。多分、へらへらすんなとかそんな意味のことを叫びながら。殴られたほうは、痛ったーとおとなしくつぶやきながら立ち上がり、鼻を押さえた。指の間からぼたぼたと鼻血を漏らして、泣いて、なんだよーもう、とか、意味わかんないし、畜生とぶつぶつ言って、医務室を飛び出した。
 ドアが閉まると、カエデはまた頭を抱えて、うがーと少し大きめに喚いた。
「あかんよ、殴るのは」
 諭すように後ろから声をかけると、わかってるうううううと頭を振り回す。
「でも、ありがとう」
「うん」
「またちょっと、疲れちゃった」
「うん、また横になったら?」
 カエデに背中を押されるまま、ベッドに戻る、はあとため息が出てきた。
「休みなよ、もう、ずる休み」
「うん」目をつぶる私の額に、カエデの手のひらがかぶさった。ありがとう、
「そうするね」

 一週間をずる休みというか有休消化にあてて寝て過ごす間に、父の語録の出版と、ドキュメンタリーの放映日が決定していた。テレビをつけると実家が映っており、リポーターと近所の人らに囲まれた母が一段高い台の上で、夫はね、とうつむいてから祈るように胸に手を当てた、蝶々を追いかけて、行ってしまったんです。ワッと歓声が上がり、周囲に人が群がった。母は泣いて、ありがとう、みなさん、ほんとにありがとうと群れの何人かと握手をして、びーんと鼻をかんだ。「悲劇的な未亡人」とのテロップの下で、ティッシュペーパーをぎゅっと手に丸め込んだ。
 前半を医務室で、後半は自室で一度も外に出ることなく過ごしたから、体がなまりきっていて、夜間当直に際して機関室までの通路がいやに長く感じられて、少し歩くたびに手すりにもたれて休み、あーこうして私もおばさんになっちまうのかと初めて思った。後ろからカエデが駆け寄ってくれて以降は、肩を預けて止まることなく歩くことができた。
 機関室の前まで来ると、こちらにも巨大なカメラを構えた男と、マイクを持ったあたりの強そうな女の人が待ち構えていて、私の姿を見て、やってきましたと叫び、おつかれさまでーすと駆け寄ってくる。
「サヤマミドリさんですか?」
 マイクをずいと口元に押し当てられ、もごもごしながら私は、はあ、とかまあと頷く。扉をバックにしてカメラを向けられ、辺りの人見知りで口下手な、ドブみたいな連中はかがみこんでさっさと画面からいなくなった。
「ねーこれ今映ってるんですか?」マイクを引き寄せてカエデがしゃべると、スタッフの全員がキュッとしかめ面をして、シィイーっと歯の隙間から音を出した。
 カメラは避難するように私の顔に近づいてくるが、すぐに私を押しのけてカエデがレンズの中心に立ち、マイクを奪って
「ハローこちらはカエデです。ママ見てるー?」
 ポーズを決めてウインクした。何なのこの娘、と激高するリポーターの顔にマイクを投げつけて、業務優先、業務優先と歌うようにスキップして、私の背中を押しながら機関室に逃げ込んだ。
 階段を駆け下りてコントロールルームに飛び込むと、揃っていた夜間当直のメンバーが一斉に私たちを振り返り、一様にぎくしゃくとした動作で、お、おう、おつかれさん、大丈夫なのか、等口々に言葉を投げかけた。ミズキだけがアッという顔をして、傍にかけてあったヘルメットを半端にかぶり、エンジンルームに走り去った。顔を見た途端、涙がどっと出てきて、反射的に後を追いかけていた。
 
 ミズキはわざとらしくあわただしい様子で、作業台に図面を広げるところだった。背後に近づくとさっと振り向いて、台によりかかった。
「あー久しぶり、もう大丈夫なの? 歩いて」
「あんたのせいで」とだけ言うことができたが、涙がぼたぼた垂れてきて、何も言うことができなくなってしまった、私は何を言おうとしたんだっけ、何を言わなくてはならないんだろう。後ろからカエデが近づいて、背中をさすってくれた。
「ミドリちゃんがお父さんのことつらいのは分かるよ、本当にごめんなさい、私あなたの気持ちが少しも分からなくて、」
 拝むように私に手を合わせて、ミズキは私が泣いているのを伺い見る。でもね、と話が続いてしまう。
 今は分かるの、亡くなったお父さんのことだもんね、でもね、またでもなんだけど、考えようによってはすごく名誉なことであるとは思えない? あなたのお父様に興味を持った人がこんなにたくさんいて、みんな彼のことを知りたがってるの。みんながあなたのお父さんを好きになってるんだよ。誇るべきだと思う。出版予定の本がたくさんあるし、ドキュメンタリーだってもうすでに作り始められている。例のアレでアクセスできなかった情報も今度解禁されるし、人の生き死になんて本当は自由なんだよ、勇気を持った行動だったと思う、それにあなたがお父さんのことをもっとよく知る機会になるとは思わない? 闇に葬られたというか、不当な評価を受けてきたんだよお父さんは、それが今のみんなの進んだ思考で再評価されて、英雄的な帰還を果たすの。そのことが分からない? 知ろうとする気持ちを邪魔することは身内のあなたにだってできないはず。違う、そんなことが言いたいんじゃないの、それに、お父さんの葬儀も、もう一度改めて国葬にするなんて話も出てるらしくて。
 途中から、いや最初から最後までミズキの言葉は耳に入るのだけれど脳みその奥に入っていくことがなく、ただもう「空の棺桶を燃やしてなんになるのお父さんはとっくの昔にいなくなって、死んでるんだどこにもいないの」と叫んだつもりが、「殺す」とだけ私は言った。
 スパナを貸して、とカエデに声をかけた。すぐに駆けていって手渡してくれたけれど、あまりに手にしっくりときすぎるのだ。違う、もっと大きいの、巨大なやつ、カエデはニコニコしながら一番大きいものを運んできてくれたが、まだ手ぬるかった。ミズキに背を向けて、工具置き場の一番奥、今ではこんなにも巨大なボルトを締めることはないのだが、オブジェと化して壁の高いところに据えられていた本船建造当時のスパナを下ろして、引きずりながら作業台に引き返した。スパナを見たカエデは「いっちゃう? それいっちゃう?」とにこにこ声で喜んだ、それは私たちにとって魂なのだ、機関部にとって、塊でもあるし。
 ミズキはへたり込んでガタガタと震えていて、カエデほどもある、というかほとんどカエデそのものみたいなスパナを振りかぶるが、下ろすことができない。この船の定員は一万五千人であって、それは誰が何と言おうとも。私たちの存在が続く限りにおいて、この船の意義がある。私が勝手に私の感情でそのうちの一人が減ってしまうことはやっぱり許されない。涙は既に乾いていて、でも冷静さを持たなくてはならない。スパナを握りなおして私は、父の元へ走った。

 消灯後の居住区は夜間点灯に切り替えて薄暗く、道の距離がおかしくなったようで、土と木のにおいが変に目立つ、どの人たちからも指差され、振り返られた。でかい工具だなあ、あの子ほらサヤマ船長の、ああ娘さん、すっげ形相、大丈夫なのあれ、やばくない?
 ドアを開けると中はおめでたい盛況で、壁に「サヤマキャプテン新規アップデート予定」と題した張り紙がずらりと、父の筐体に並ぶ人たちが行儀よく通路に列をなしていた。一人ずつ、いや一度に二三人ずつ押しのけて筐体にたどり着くと、丁度グループで何人かが囲むように画面に向けて言葉を投げかけているところで、真ん中の男をけり倒してヘッドセットを奪うと、さっき道すがらに聞いてきたような言葉をそっくりそのまま浴びせかけられた。画面の中の父は何やら楽しそうにデレデレと笑っていた、マイクを口元に運びへらへらしないで、と叫ぶ。悪かったよ、と父は手を挙げた。ごめん。そのあとに「キリッ」とおどけた声でつぶやき、真面目な顔をした。あのね、と画面にかじりつく。いつの間にかみんながみんな私の後ろで固唾を飲んでいる。
「父さん、私、ミドリ」
「娘よ、調子はどう?」
「すっごく最悪の気持ち」
「そうか、ゆっくり休むんだな」
「私父さんがどんなだったか、もう忘れちゃったよ」
「このわすれんぼさん」
「ここに来ればいつでも父さんに会えると思ってたんだけど、違うよね、それ、偽物で、でもなんか生きてる気がしてたの、私は、だって動いて、血色良くて笑って、年は食ってないけどそこにいるじゃん。決まったことしか言わないけどさ、でもやっぱり嘘じゃない? ほんとの父さんはどこかの座標でデブリみたいに漂ってるか猛スピードでいるかして、それとも皮膚と内臓がひっくり返ってるかも、死んでるんだよ、知ってたんだけど」
「……」
 スパナを握る左手に力がこもった。
「もうお父さんが思い出せなくて、だって生きてる風だったから、思い出す必要がないでしょ、なんで死んだの? 弱虫の雑魚! 目的なんかなくたって私たちみんなこの船で生まれて生きて死ぬの、それじゃダメ? どこを目指してると思ってたわけ? そんなイケイケの見た目しちゃってさ、馬鹿じゃないの! でも父さん愛してるよ、今も好きで、だから悲しい、私泣くね、ほんと、愛してるよ、愛してるって言って父さん」
「俺もだ、愛してるよ」
「さよなら」
「またな」声と姿だけは本当で、ヘッドフォンを耳に押し当てながら私は、手をひらひら振る父を、筐体ごと叩き潰した。何度もスパナを振り落として、ガラスが飛び散り、光と煙が舞上がって、それあたりで、ポカーンとアホの顔をしていた周囲の人らに取り押さえられて、乱暴に機械から引きはがされた。

 誰かが私たちを貶めていたとか、私たちを負けにしようとしたという考えはしっくりこない。この船が生きていて、あの内燃機たちが一生懸命に爆発を起こし私たちを生かしていく限り、どこへも向かわずとも、目的を忘れてみんなが揃って何をしているのか分からなくなっても、最後の一人になるまで負けるわけにはいかない。

小説のこと。

4月30日


小説を書いているから、というのを小説を書いている内に書いてしまうべきだった。生活の全てのエネルギーの塊がみんなそちらを向いていて、書き終えてしまうとなんともう腑抜けになってしまって、何にもできなくなってしまった。しかもそういったものを4月25日に書きつけてやろうと思っていたのに、その日も疲れてさっさと眠ってしまって、だから今書いている。
大学の先輩に誘われて書いた小説は、本当は13日だった締め切りを、私は人間の屑です等の何とか言ったお情けで一週間延ばしてもらい、更にもう一日だけということで連休前の日曜日に書き終わった。書いている間は、そのことばかりを考えてしまって、ただ一方で私はまた仕事をしなくてはならず、茹でた麺に味のついた液体をかけたものばかりを食べて部屋なんか、泥棒が入った事件現場みたいで、かろうじてアイロンをかけたシャツを羽織って、会社にへっへワタクシちゃんとしてまっせという顔をしに行っていたが、確かにある瞬間に小説書いてるよりも仕事しとるほうがなんぼマシなんだかと思った。
締め切りがあるからして書くことができるというのは一人の先輩の言だがまさにその通りという面はあって、4月が近づくまでには考えたりメモを連ねたりのんびりこいており、月をまたいでからは常に何かに怯えるような気持ちでともかくも前月の自分をどつきまわしたくて仕方なかった。最後の二週間と言えば仕事と小説でまともな生活ができなくなってしまって、雪印のミルクコーヒーをガブ飲んで一晩のうちに原稿用紙百枚書いたという大学のときの友達の逸話ばかりが思い出されて参った。同じ人間なのだからこの私にもできるはずだという気持ちはやっぱり普通にあっさりと間違いであり、あれは彼女だから成しえるのであって、プチプチとカフェイン錠剤を飲み込んで死ぬほど煙草を吸ったけれども基本的には単に死ぬだけで百枚なんか書けるはずがない。ただカフェインの力は本当に感心できるところがあって、19日の夜からは同じようになんかしら作業している友達とスカイプ通話してたけれどもぶっ倒れるみたいに寝てしまい、そのくせ頭の芯は錠剤のおかげではっきり覚醒していて、転んで何もできないのにぽかっと開いた耳の穴から二人の話だけは確かに脳に通達というか通過はしていて、誰かのおうちでしこたま飲んだ後に寝てしまったのに似て、心地が良かった。
書いている最中は宇宙一とは言わないまでも、まあいい小説なんやないのと思ってたが、今読んでみるともう何が何だか分からない。分からないがほんとは嫌なことばかりでなく書きたい部分を書くことができたことや、この書き方はまずいなと読んでいる最中に思うことができるのは大学生の時以来で、次にはもっとうまく書くことができるかもしれず、ともかく私が書く次の小説はまだ描かれていないというのは幸いかもしれず、もうめっちゃ面白い可能性があるかもしれないということで明日からまたしんどい思いしても踏ん張って生きていく。

というのを平成の内に書くことができてよかった。グッドバイ!

モノとか思い出

4月3日

 

一昨日にインターネットの通販で注文したオーブンレンジが今日届いた。到着してみたらこれって12畳用とかそんなんと違うのといった巨大さで、これが宅配ボックスに入るのならばそれは私も入ることが可能な空間だという意味で、まあともかくアホみたいにでっかいわ。レンジの電波を食らうと脳が破裂するので使わないというお家で育った私にとって、今回が初めての注文で、もちろん初めての所有ということになった。そら浴びたら脳も破裂しますわな、哀れな生卵君らの様子を見たらそうや、でもマイクロウェーブを浴びるために購入したんではないから、多分大丈夫なんではないか。わざわざ脳みその水分をなんかものすごい勢いでぶるる振動させんとも、この頃彼氏が電話口で繰り返すハローキティポップコーンマシーンの歌で少しずつ脳細胞は死に瀕していっているはずで、この巨大なオーブンレンジで私はたこ焼きを食う。

皿を突っ込んでボタン押すとそれまででっかいなりにしおらしくしていたのが急遽ブモアアア! なんつって叫びだしてビカビカ光ってその上もうものすごい勢いでグルングルン回るものだから、腰を抜かしてしまった。こんなに必死こいて仕事にかかる家電の姿をあまり見たことがなくて、あのちょこまか横に開いている腹立つ隙間から漏れる光を見ると目がつぶれるような感じが気が気でなく、五分の間マイルーム(いうか居室いうかキッチンの次の間いうか)に身を隠していた。出来上がったたこ焼き君はどろべっちゃという感じで、なんや粉と水とタコみたいやんという風で、実際そんな味がした。家に当たり前に無いものが他所の家にはあって、しかもそれが今私の部屋にあるというのが妙だ。モノに執着する私ではあるけれども、こうして初めての仕事を、たこ焼き商品が単にまずかった可能性も無いわけではないが、失敗したのに平気な顔で先住の冷蔵庫の上に座りよって、まあそこしか座る場所が無かったというのは理解できるけれども、相当ふてぶてしいことには違いない、君には執着してやらんと思う。

 

昼間に乗組員のユニフォームを棚卸すときに、お気に入りのカッターナイフがどっかいっただけで気を失うくらいテンションが下がって、人って気持ちが下向くとほんと気絶するし、弱い生き物やなと実感する。別にデザインナイフでも何でもない、事務所にあった新品のパッケージを私が開けて私のモノっぽく持っていたということなのだが、真の気持ちとしてはあれはやはり私の持ち物であって、葦ですらカッターナイフのこと嘆かんだろ思う、まあ元々考えてないからほんま仕方ないが、私は悲しい。こうして話すいうか書く頃には出てきているのが筋というものだろうと思うのが、今もって見当たらないのが腹立たしく、ということは私は今日事務所にいる間中めそめそ腹を立て続けていた。

新しい元号の話をしておって、人らが。カズレーザーの本名が次の元号の反対なんですわよということでえーそりゃすごいみたいなテンションで、なんもすごくないわ、そんなもん。やけど小さい頃大分いじめられたやろな、そんな名前やったら、「ワレェ」って、いやそれは大阪いうか関西の発想やと思うやんな、私は。話聞きながらスマートフォンで出身地調べもって、ほんま腹立つわ、いや、もうええわ、それは。

 

尊敬するボスが春の人事異動で東京に出て行ってしまったから何話しても味気なく、なんやそわそわ落ち着かんでしんどい。今年入ってトラブルは続くし、船内でプチ内ゲバいうかプチゲバが始まって船からガンガン電話が鳴る。私が朝から電話してる間、後輩の彼がなんやぼちぼち言いながら御榊の水替えと雑巾がけと、前はボスの仕事だった神棚の世話を今日から始めよった。掃除が済んで最後の一拝のとこまでまだぼちぼち言って、船神様やから、電話が終わって、あー君、こうトラブルが続くのは君のせいであるぞという意味の冗談を言うと、彼は「たはー」と笑って頭を掻いた。

何をぶつぶつひとりごと言っとったんよと聞くのに、今日からこのイケメンがお世話さしていただきますんで、一つよろしくお願いしますってウインク。きもいわー、あほやんと声をかけて笑ったけど、なんか心が弱ってたんかな、実際しびれたわ。

 

故郷の音楽

4月2日

 

私の生まれた場所では音楽が鳴っていなかったから、モンスターハンターユクモ村で音楽が流れていて本当に嬉しかったし、聴くと今でも肉体を離れるようで故郷を思い出す。

奥の方、ということは私の家のすぐそばにそんちょさんがいて、彼女が見ている方角すなわち前ということなんだけど、小川いうか池ゆうか、とかいって実は足湯があって、誰かしらそこに座って足をふやかしてる。たまに性別も分からないような連中がいることがあって、というかそこら中にいるし私も連れていたのが、この世界の中では猫のことをアイルーと呼ぶのね、多分、nekoという発音がまずいのか、あるいは彼らのように高度に発達した脳みその生物をそう呼ぶのはひどい蔑視に当たるのかもしれない、ともかく猫に似た姿の二足歩行をする人語を解した猫に似た姿の奴が。でもそれってどうなのか。足とか顔とか、もうほんとの毛むくじゃらで、湯に浸かっている間はいいけどさ、あがって後、気持ち悪くはないのか。足をピッピッとかやって、すごいかわいいと思うんだけど、でもさあピッピの段階ではなくて、もうずぶ濡れだから、多分手拭いでふき取るのだと思う。だからそれは少し残念。

村長の横の階段を上がると、ギルドいうか風呂につながっていて、でかい風呂よ、昔々にコードを交換した友達が浸かっていて、女だったり男だったり、ほんま風呂ばっかというかお湯ばっかやなこいつら、話しかけると頷いて、今でも毎度要らないアイテムを分けてくれる。

村ではお風呂がタダだから、ドリンクが飛ぶように売れて、SAVASどころじゃないようなのを風呂上がりに一杯飲み、砂漠でクーラードリンクを飲み、液体を飲むことがすごく気軽というか気楽な世の中で、まるで抵抗がなく、回復薬を飲んで、なんで、こんな、タポタポにならないのかよと思うのだけど、そうはならないみたい。液体が信じられないほど潤沢で、消費することに大して何の心配もいらないような場所に住む人たちはのほほんとした雰囲気で、おおらかさを持つのか。雪山に閉ざされたポッケ村の人らが朝から必死こいて屋根の雪を下ろしている間、この人たちはぼけーと突っ立ってたり、朝からジャブジャブな湯に浸かり大して冷えてもいない体表面と熱交換をしている。

お風呂というのはやっぱりいいもんで、通常私が洗面所で顔を洗ったりシャワーでシャボンを落とすときなんか、二人か三人の私がにゅっと現れて昼間の失敗や言動についてあーだこーだネチネチと反省が始まって主たる私は「あー」だの「ぐあー」だの「ぬあー」と叫ぶところ、湯船に浸かるとみんな「ふー」とか「やれやれ」と頭に手拭い乗っけて、どうでもええかという気持ちでいやほんと、地球が止まるわけでも無し。

ともかくそんな人らの中にあるからというのか、村の専属ハンター(として招かれたということなのだが)たる私の地位たるやすごいもんで、お家はプレゼントしてくれるわ、そのお家で何時に寝て起きようが、プラプラしてご飯食べてようが誰も文句を言うことがない。いくらでも時間に猶予があって、それはゲームのシステム的なことではあるけれど、村の外のどえらい生物のせいで山菜が採れないという訴えを措いてドリンク商品の拡充という私利のために山菜を私が採りに行っても、みんなじっと辛抱して私が怪物を倒すのを待っている。というか、村では夜というものをほとんど見たことがなくて、何度話しかけようがクエストを進めない限りおんなじことを繰り返し話すのだから、実際に時間が経っていないのでしょうよ。私を含むこの人たちハンターの仕事場は渓流や砂漠や、村の外であって、そこで初めて時間が経つし、事が運ぶし、村の中で武器を持ったゴリラみたいな私がうろうろしていても、それはほんの短い時間のことで、経過したとも思わない束の間、狩りから帰ってきた休息なのだ。私はお家を好きだから、ぐんぐん強くなり、その内手から火だのひやっこい水を出したりなんか、生まれた場所から遠く離れてとんでもなく悪い連中を懲らしめるのもいいけれど、住む場所と私を含むその周辺の人たちを生活を守るために出かけて、ぶっ飛んだりぶっ飛ばしてまた村に戻って温泉に浸かり、ジャギジャギしたグラフィックのこの場所に、ものすごくムラムラしてしまう。

 

生活が好きなんだな私。暮らすのが好きなの。あーほんま、持っててよかったPSP

 

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頭ぐっちゃら

良い曲っていうのを好きじゃないか私は、というか人類は。

一歩あるくたびにリズムを取りたくなるミュージック。歩行が、というか歩幅が、言うか首が背骨がビニ袋を持つまたはつかんでいるわたくしのこの指が、全部よ、もう大体ほとんど全部みたいな的な、立ち止まってかかとが。bpmに合わせて、またはその場で足を跳ね替えて裏拍、私みたいな清楚マジメな人間のための曲がちゃんとしっかりこのように存在してくれて、驚きというかやってくれたなというみたいで、ただほんと嬉しい。

色々なことが起きすぎて書き留めておくこともできないというのは悲しく、私は私の書く文が好きであるけれどもきちんとしない文章もどきでもいいから何とか筋だけでも書き留めておかねばなるまいとの思いがすごいのに、いざ書かんと奮起すると全然関係ないこと書いてるやんとの思いもまたすごい。このひと月の間に嫌なことだけでなく、楽しいことや普通のこともあったはずなのだが、個別のことでなく概念またはイメージいうかが頭を支配していて、それは無生物であって何も意思を持った自我を持ったなにがしかというわけではなく、次のようなこと、キンキンか、もしかしたらピンピンかもしれないが、すごくとても張ってしまって、少し指で弾くだけでよだれと変な声(日本語でそれを写し取るのは不可能なのだと思うのだけど、近いとすればウエヒィイッという塩梅か)と痛みだかくすぐったさかも分からんようなのが、ともかく不快よ、不快が深く体に流れる線状のものがあり、その処理に悩まされる。多分、足の裏か、首の後ろの側面、耳の下にほど近い部にそれはあるんじゃないかと私はにらんでいるが、結局それは数ある妄想の一つで、「気持ちや、気持ち」の問題であるのは確かで、だから、えーと、どうしたらいいのでしょうか。

世の中がうまいこと回っていれば、私のところにふざけた仕事やイレギュラーが舞い込むことは稀なはずで、どこかで渋滞が起きてボトルネック言うか首ボトルの発生のために処理に追われてショリショリ気持ちよく仕事をすることができなくなってしまう。

私は全力の本気で地球が回転するのを目指して足と腰とをふんぎっと踏ん張っているのに、地球から個別で感謝を受けたいというのに、大してうまくいっていないようだと思う。

そんなの、音楽聴くしかないのではないのか。音楽聴いて煙草を吸うしかないのではないのか。youtubeで音楽を聴いていたら、パソコンというかディスプレーというかyoutubeの思念というか、ともかく奴が画面右下の方から、彼について、つまり自分について

・めっちゃいい?
・すごくいい?
・とてもいい?
・いい?
・いくない?

と聞いてきよって、えーとか思って、いやほんとは「まあいいんじゃない?」的な気分だったのを均して近場にあった「いい」を選んだのだけれど。こんなに自分がよいということを相手に聞けるというのは相当のもんよ、着飾るとか自分を装飾するのがそりゃもう苦手であって、だからその腹いせに「牛」を「すごい牛」とか書いてしまえるというのも言ったら言えるのだが、服だけの話ではないの勿論。例えば学生の時に行った集団面接なんだのは、横のメガネさんやミスターモヤシがよくあれだけ自分をよく言えるというか、それはもう浅ましい嫌な気持ちでいっぱいで、それがうまいことできるのはそれこそ良い、という考えでは確かに私はあるよ、だけども私には無理だ、それは今でも多分。素直でいるのが好きだから、なんやねんそれ、というかじゃあなんで謙遜なんてみじめな文化が根付いちゃってんのよというわけよ。

結局私はほとんどサントリーウイスキーがいかにそこそこの値段で美味いかみたいな話をして面接を通って、角まではそうではないけれどオールドからは樽の香りが、とか、樽と言えば船舶のぐろすとんちゅーのはそもそも……みたいなことを、最終面接はたくさんのおじさんに囲まれてもう覚えていないが、記憶失っちゃったのさ、マジで。そんな感じで今の会社にいる。

今の会社というのは大嘘で、私の地域で言えばというか私のごく周辺みたいなnear by 私で言うなら大パチの発言というか記述で、中部に行って、東京のど真ん中というかそれどっからどう測っとんねんという感じだが、そこから少しずれた場所にあって、築地市場に行って、最後にこうして西にいるのだった。

タバコがさー、吸わないと寂しいというか吸い続けると苦しいというか、だって新鮮な空気美味しいやん、製造している植物たちに感謝で、でも火が消えてしまうとそれはもう悲しいんだ。自然がーとか温暖化ガーとか叫びつつも私は一か月漬物石みたいに机にかじりついたり、いや漬物石は机座らんでしょ関係ない、鹿みたいに現場駆け回って荷役設備にけっつまづいて、いや鹿はターミナル来やんでしょう、ともかく腹立つなー、いろいろと、そんで稼いだ紙切れというかいただいた瞬間にはほんとただの数値を利用して、いうか利用ちゃうわ髪切らな、減してそれをモクモクと日々煙に変えているんですなあ。カーボンフットプリントが私に表示の義務があるのであればそれは、タバコを吸わない人よりも少し多いのでしょうか。

ダイオウグソクムシ君らが海の掃除屋さんなんて言われているのを見ていると、我ら人間は紛れもなく海の汚し屋さんであって、気付くよ、そんくらい、母なる海をfuckしまくっている。といってもホンマは母は海でないし海は母でもなんともない。初めてセックスした日にうおおいてえやとうおおちょっと気持ちいいかもしんないやというところから、つまりあたしらみんな親のこれから生まれている。

GUは静電防止の服出してくれたらこぞって駆けつけるよ現場の屈強男子アンクルたちが。そして私も。

おふざけと病気

1月12日
もう今はなくて、だから多分年末に片したんだと思う、駅にサングラスのおっさんがポーズしてその下に「chage」と書いてる広告があるから、あのチェジというのは一体なんなんやろね、誤植なんかなとジョークしたらチャゲだよ、ふざけんな叫んで同期にドンッ! と二度もどつかれた。ドンッ!

おふざけのし過ぎというの面は確かに過去から私に備わる特性の一つではあると思う。私がほんのちびたガールだった頃、ということはまだまだつい最近のことではあるのだが、道徳の授業はどのようにおふざけをするのかという時間だった。いつもの授業の流れとして、途中または最初から何かすごい嫌なことが起こる最悪の話か、時間がすっ飛んでしまって最終的に何らかを何らかの方法で(執念やら努力やら没頭やら)成し遂げました話を順繰り音読でねっとりと読ませられ、その後にあほばっかり集まった生徒たちに場面場面の意見を求めるというような方法がとられていた。思い出してみると授業の最中に正解以外の言葉を考えて発するという機会はほとんどなくて、帰りの会で「あいつが悪い」「俺は悪くない」「俺よりもお前がより更に悪い」「クズやん」という風なやり取りがあるくらいで、だから意見って何よ、今思えばそれは無限であるのだが、さっぱりわからず、うれしかったのかはしゃいでいたのか、多分そのどちらでもないと思うが、私を含めた生徒たちの受け止め方はほとんど大喜利だった。狐のお母さんが何かえらい目に逢って死んでしまうとかそれくらいの感じで手に入れた柿か林檎をオスの子供が、つまり息子が食べてさあその気持ちゆうか感想ってどうです、みたいた回があり、男子に混じってハイハイ手挙げて、「おいしい!」叫んだ瞬間みんなげたげたーっと笑い転げ、想像を絶する肯定感を得ていた、目がちかちかしてボヤヤーと高揚感を味わっていて、多分、どうよ、みたいな顔をしてクラスの筆頭おもろ男子に目配せをしていたと思う。

自分で思い出してもこう、相当嫌なこどもであるから、ものすごい目つきでにらんできたあの先生の憎しみたるや計り知れないものがある。たったの一文字落としで、つまりチェジの一つや二つで私をどついた彼女の気持ちもそれと似たようなものであるかもしれず、これは予想外のことではあるのだが、一度のおふざけで身を滅ぼすということもあるかもしれない。

 

行いが良かったか悪かったか、思い出す限りでは良いのだけども、12月最後の連休で39.2度なんていうものすごい高熱が出た。一番しんどいのが、部屋の外ではクリスマスイヴをやっていたから、世の中の人間みんな死んでしまえというか、そんなひどいことは思わないが、それくらいの気持ちだった。SASUKEに出場している土建屋のお兄ちゃんの私はファンであって、彼が難しいシーンに突入する前に「気持ちで負けたあかん!」「気持ちや気持ちィッ!」と叫ぶのなんてじーんときてしまう。テレビで応援するときなんかは、そうや、気持ちや! という気持ちでじっとしていられなくなって、寝込んでいる間もそのことをずっと思っていた。

ぐらぐらしながら週明け会社に出たあと、終業後に女医のおばちゃんにすごい勢いして鼻に細長い棒を突っ込まれ、インフルエンザが判明して年内の出社は終了した。最近行った船の人らにうつしていないかということがただ心配で、しかしともかく立っていられないのだから、そのあと二日はほとんど寝て過ごしてしまった。寒いんだか暑いんだか体があほになってしまって、一時間おきにファッキンホットで汗びっしょりか、南極か言うぐらい寒くてガタガタ震え目を覚ましていた。それに人間がなんぼでも寝られるかと言ったらそうでもないらしくて、一歩も動かれないのに、眠気だけはなくてただいらんことをつらつら考えて、それが本当に疲れた。何度目を覚ましても自分が同じ位置にいるのが気に入らなくて、だってそのことばかり考えているから、なんでこんなに時間が経っているのにどこかに移動できていないのかと猛烈に腹を立てていた。頭がおかしくなっていて、何か乗り物に乗っている気持ちでいたのかもしれない。

 

立ち上がれるようになってから真っ先にモスにフィッシュバーガーを食べに行って、部屋の片づけをして、彼氏が来たらもう年末も年始もすぐ過ぎてしまった。二人で海遊館ジンベエザメには会ってきたけれども、船には乗らなかった。サメの方で、やぁとかなんとか言って挨拶をしてくれたわけではないのだが、同じ時代にこんなに大きくてゆったりした奴がいるなんて、私たちは仲間だなという気持ちというか、好きで、喫茶店では頼んだ飲み物が美味しくゴクゴク~っとすぐ飲んで五分くらいポカーンとなって出てしまうことがほとんどのところ、水槽の前にあった背もたれのないソファに座って、一時間か二時間、もう覚えていない、彼氏と手をつないで時々話しながら、見た。

帰ってから、というか彼氏がこちらにやってきてから、ご飯を作ってやってそれをうまいうまい言うのを、そうかそうか、よしよし、むふふとやっていた。ヨドバシに行ったり、くくるでたこ焼きを食べて、大晦日も正月もお酒を飲んで、夜でも朝でもアレコレして勿論、恋人同士なんだからいいのだ、二人で眠って、私は四日から出社して、あの人は五日の夜に帰った。

 

おふざけで思い出すことがもう一つ、高校の三年生の秋よ。ハナちゃんシスターズの私たちはジャージで体育館ステージに登場の、RHCPの『Charlie』とビークルの『japanese girl』を演奏したと思う、始めるやクラスTシャツを脱いでタンクトップ、ベースと私は最後にはそれも脱いでしまった、暑いからとか、イエーイとかって、そういう気持であったのだ。誰かのおかんやおとんから焼き払えみたいなクレームがあって、ステージ横で汗を拭き拭きスプレーブシューなんかやってるとこにカンカンになった先生が来た。指導室で学年主任にごっつい怒られ、ふてくされながら事前の衣装の申告は着るでなく脱いでくんだから要らんと思ったですよ、どぼっどぼ火に油を注ぎ停学になるところを顧問の先生が、若気だから、とか、至りだから、とかそんなようなことを言って必死こいて援護して助けてくれたから、教師に恵まれたことがないと思っていたのが、そうでないこともあったということだ、リーダーでギターのハナちゃんは大学の推薦入試を狙っていて、えらいことになるところ、結局私ら戒告で済んだ。

水を差されたものの興奮がやっぱり強くて、浮足立つってこういうことかもしれないな、ジャンプするというか体が自然と持ち上がるというか、重力の問題やんなと思う、三人して教室に戻って、タピオカジュース売っとったわそんときも、当時の彼氏に「どうやった?」って。嫌な間があって、服……、とだけ返ってきて、きょろきょろしとったわ私の上から下まで見るような、もう着とるよ、脱いだった、気持ちよかったな、私が笑って、彼氏がぼたぼた涙流した。意味分らんくてほんま、バンドに感動してくれたんかなとか、ブラ見て泣くなんてよっぽど嬉しかったんか知らん、色々思って、ただやっぱり意味分からんで、全然泣き止まんからハグして、どうしたん言うて、違うんや違うんやただ泣くから、はっきりしいやと最後私がキレた。お前の体がほかの奴に見られるのが嫌やったんやと泣きながら大声で彼氏もキレて、何言われてもうっさいわと返していたと思う、もうキレていたから、うっさいわ怒鳴り返して、あーもうめちゃくちゃや。

帰っていった彼氏は何気に船のことを楽しみにしていたようで、私がチケットのことを忘れていた、ごめん、人の気持ち分かるようにならんと、あかんで。

 

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